LOGIN「悟司、防具を付けていない人間を、ふたりで確実に殺すならどうやる?」
その血生臭い仮定を、あくまで仮定として考える。「長物が欲しい。できれば、背後から気づかれる前に。二人なら囮が注目を引き、後ろからやる」「いいわ。囮役は身を守る防具を付ける。盾も欲しいわね。攻撃を防ぐ。そして、もう片方の手に持つのは」
──包丁を手に取る美咲「それで刺すのか?」首を振りながら、包丁も振る美人。メンヘラも真っ青の猟奇的なシーンだった。
「傍に寄りたくない。遠間から刺し殺す。手槍を作るわ」その言葉に浮かぶ。──盾と槍。盾を構えて、槍を突く。ふたりで作る槍衾。
想像する。敵が俺ならどう戦うか。
一方の槍を掴む、盾を掴む。フリーの槍に
淡い橙の光が湯気に溶け、狭い空間を柔らかく包んでいた。浴槽に浸かった俺にもたれ掛かる美咲。美咲の濡れた髪が俺の胸元に貼り付いている。湯に身体を沈めると、熱が疲労を溶かしていく。──これが最後の日常になる俺も、美咲も分かっていた。長い沈黙のあと、美咲が言った。「もしアンタが噛まれたら、アタシが殺してあげる」柔らかな蒸気の中、言葉すらも慈悲の刃のように優しかった。俺は答える。「……ありがとう、美咲。でも、死なないさ」美咲が動き、波紋が水面に広がった。「……ふたりで生きることが、こんなに難しくなるなんてね」美咲が小さく笑った。けれど声は、真剣だった。「生き残るわよ」「あぁ、約束だ」首だけで振り返った美咲と頷き合い、互いに顔を寄せる。水滴が頬を伝い、唇が触れた。短く、強く。それは、プロポーズよりも先に交わした、誓いのキスだった。*まだ外の日差しは強い。遅い昼食を済ませた俺たちは並んでベッドに横になった。冷房の風が静かに回り、遠くにはかすかなサイレン。その音も次第に遠ざかる。静まり返った街の中、隣から美咲の寝息が聞こえてきた。その手を握り締め、俺もすぐに、眠りに落ちた。*ブーブー。スマホが震え、目が覚める。画面には18時12分の文字。浮かぶ名前は──彩葉。通話だ。耳に当てた瞬間、お調子者の甲高い声が飛び込んできた。
「悟司、防具を付けていない人間を、ふたりで確実に殺すならどうやる?」その血生臭い仮定を、あくまで仮定として考える。「長物が欲しい。できれば、背後から気づかれる前に。二人なら囮が注目を引き、後ろからやる」「いいわ。囮役は身を守る防具を付ける。盾も欲しいわね。攻撃を防ぐ。そして、もう片方の手に持つのは」──包丁を手に取る美咲「それで刺すのか?」首を振りながら、包丁も振る美人。メンヘラも真っ青の猟奇的なシーンだった。「傍に寄りたくない。遠間から刺し殺す。手槍を作るわ」その言葉に浮かぶ。──盾と槍。盾を構えて、槍を突く。ふたりで作る槍衾。想像する。敵が俺ならどう戦うか。一方の槍を掴む、盾を掴む。フリーの槍に腹を刺される死ぬ。蹴りつける、槍に切られる。盾持ちの体当たりで転がされて、手の届かない距離から滅多刺しにされる。死ぬ。逃げる・・・はできるかもしれない。それ以外は無理だな。ケガすらさせられない。運動神経抜群の美咲が槍を振るっているとすれば、猶更だ。何度も死んだ。考えた。だが、槍を振うのは俺だ。この装備は・・・強い。「盾と槍か。古代の戦士みたいだな。防具がない時代の最適解……か」「そうね。訓練せずとも突きなら殺しやすい。包丁と物干し竿。これをベルトとガムテープでグルグル巻きにして、穂先と柄の強度を高める。実用に耐えると信じましょう」「って、盾はどうするんだ?」「家にはないわね、調達できればいいんだけど。手で持てる、円形か四角で、硬い素材がベスト」
【第2章 犯罪者の成れ果て、或いは、異様な戦士】──首筋を噛まれた。 皮膚に食い込む鋭く硬い歯の感触がやけに生々しい。 背中と胴体に回った腕が俺の身体を拘束する。肩口に絡みつく細い指。必死にしがみ付いて離れない。爪が布越しに食い込み、痛みを訴えている。 胸に押し当てられる身体は熱い。柔らかさと汗ばみが混ざった温度。だが、胴体に回された腕は固く、逃げ場を与えない。 目だけ動かして美咲を見る。髪が頬を掠めた。 セミロングの髪──光を受けて黒に近い茶色。 汗とシャンプーの匂いが混じった甘さが、呼吸のたびに肺に侵入してくる。艶めく毛先が唇に触れ、ざらつく。 肩から首筋を圧迫する重さ。歯の硬さと、熱い液体が皮膚に広がっていく感覚。圧迫感は痛みよりも、なぜか安堵に似ていた。 ──これで死ぬ 目の前にいるのは、美咲。その甘い匂いと、柔らかな抱擁に包まれながら。 美咲に噛まれ、抱かれ、死んでいくのだと理解した。*美咲に甘噛みされることしばし。触れる吐息は温かいのに、噛まれるたびに皮膚がひりつき、心臓が跳ねる。 彼女の顔には、冗談も色香も一切なかった。 研究者のような冷静さで、俺の身体に食らいつき、部位ごとに判定していく。 首筋。肩口。肩から手先。そのたびに「ここは噛みやすい」「ここも危険」と低く結論を落とす。 「ベッドに横になりなさい」 との美咲の声。 次に膝下に体重をかけ、噛みつこうとする美咲が「ゆっくり蹴って」と注文を付ける。 太ももに近いと膝で押しのけられる。足先や脛を噛む動きは丁度蹴りやすい。 下肢は守りやすいと彼女は頷いた。 キスから始まり、次々噛みつかれる感覚に耐えながら、俺は身を固くする。 「アンタを襲ってみたけど……顔面、首筋、肩口、肩から手先。ここは危険すぎる。他は噛みつきにくい。守れる。胴体と脚は難しいわね。転倒しているならもう死んだも同然だから守りは後回しでもいいか」 そこに感情はない。ただ生存のための分析。 ──しっかり検証するわよ ホントに噛むの!?と驚く俺に美咲は断言した。やれる準備はすべてやると。 それが逆に俺の胸を締め付ける。そこまでしても、生き残れるか分からないのだから。 こうやって、守るべき箇所を選んでいるのは理
パソコンを閉じ、美咲もローテーブルに座る。「駐屯地に受け入れてもらえるか……これは賭けね。フェンスを乗り越えて入る。保護されている内に役割を見つけて軍内で価値ある人材になる」「今の時点で、自衛隊がアタシたちに危害を加えるとは思えない。保護される可能性は十分にある。入れてもらえないかもしれないけど……そのときはそのときね。諦めず侵入する手を探しましょう」──もし断られたら?そのリスクを指摘しようとして、だからなんだと言う答えを自分で得る。ここに残っても、受け入れられなくても、死ぬだけだ。動いて、受け入れてもらえるなら生きる可能性が繋がる。もはや、0ではないという可能性に縋るしかない。「問題はどう行くかだな」練馬駐屯地の最寄り駅『平和台』まで電車で15分。一瞬で行ける。・・・動いていればな。最新の情報で運休が確定した。ダイヤ調整は諦めたらしい。「……徒歩で行く」「護国寺から練馬までか?」頷く美咲。「それしかないわよ」──ゾンビがいる中、歩きで延々と?正直怖い。危険すぎる。心はそう言っている。「幹線道路は渋滞。車は無理。音が出るバイクもダメ。自転車はいいけど、警戒が疎かになる。タックルされたら転倒して死ぬ」「だから、静かに偵察しつつ移動できる徒歩移動しかない」しかし、美咲の言葉を頭で《理解》してしまう。それしかない。ならば、問題はいつ動くか?そして、どうゾンビと戦うか?スマホを傾ける。勝ち気な美咲の待ち受け画像に時刻が出る。──14時38分まだ明るいが、もうす
美咲を追って、クーラーの効いた室内に戻る。重く閉じられたカーテンの隙間からは、さっきまでの修羅場の音も届かない。快適ないつもの日常だ。ローテーブルを挟んで、美咲と向かい合った。彼女は姿勢を正し、冷たい声で切り出す。「現時点で、アタシたちに生き残る可能性はない」俺は唇を噛み、頷いた。美咲は表情を変えず、言葉を積み重ねていった。「最善の選択は籠城。でも、さっきの女性を見たわね?顎を殴られても鼻を潰されても、止まらなかった。小柄な女ですら致命的脅威よ。もし大柄な男だったら? 勝てるわけがない」事実の羅列。希望の余地は削られていく。「つまり、最善手を打ち続けてもアタシたちは死ぬ。もって……1週間ってところね」淡々としたその言葉は、絶望を告げているのではない。ただの事実確認だ。何故だろう、彼女の顔は、唇を固く結び、《重苦しい覚悟》に染まっていた。美咲は何を思いついたんだ?身じろぎすらせず、彼女に言葉を待った。美咲は俺を真っ直ぐに見つめ、言う。「そして、アンタの問い。答えは一つ」「この状況で生き延びる人間は、既に生き延びる準備をしてきた人間だけよ」「アタシたちが生き延びる方法は、生き延びる準備をしてきた人の保護を受ける、寄生する、または、乗っ取る……。それしかない。他人が作った生存の可能性に相乗りするわよ」──生き残る準備をしてきた人間あぁ、なるほど、確かに。可能性の細い道。暗闇の中、さっきまでは無かった未来に続く一本のラインが見えた。生き残る用意をしている人間は、助かりうる。その人間に助けを求める。だが、美咲は言葉を繋いだ。──乗っ取る。寄生する。助けてくれと言って助けてくれるわけがない。
美咲の血の気の失せた白磁のような頬を涙が伝う。無表情の中、目だけが僅かに揺れていた。 彼女は考えて、《死》という結論を得た。今、感情が追いついてきたんだろう。 俺は警官のいない交番を見て、ゾンビが増えることを考えて、頭で《死》を理解した。でも、まだ、感情が追いついていない。 「何とかなるさ」というカラ元気も、「きっと政府が何とかしてくれる」という希望的観測も、今は何の役にも立たない。そんな小手先の言葉では、美咲の明晰な理性の前で、慰めにすらならない。 ──あまりにも無慈悲だ 美咲が見せる絶望の涙。拭くことも、顔を覆うこともなく。俺を見ているようで、何も見ていない。・・・美咲のこんな表情、見たくはなかったなぁ。慰めたい。でも、言葉なんて思いつかない。 だから、そっと美咲を抱き寄せる。 「……助からない」 力なく引かれるままもたれ掛かる美咲を、ギュッと強く抱きしめる。 「どこにも可能性がない」こんなに熱くて柔らかい美咲の身体が、冷えて硬くなるなんて、俺には信じられなかった。でも、頭では理解している。どう動いても、死ぬ以外の選択肢が見つからない。 ゾンビに齧られて、激痛の中、息絶えるのか。停電になって冷房が無くなった部屋で渇き死にするのか。 選べるのは死に方だけだ。 ──美咲だけでも助けたい だが、状況は俺の命を使ってどうこうできる領域には、ない。 どうせ死ぬなら・・・ 「一緒に死ぬか……」覚悟もなく、考えもせず、ただ、想いが口から漏れる。俺の腕の中で、美咲がビクリと震えて止まる。言っていてなんだが、悪くない選択肢に思えてくる。昨日まで自殺願望などなかったんだがな。ゾンビにならず、あまり苦しまずに、一緒に逝けるなら。飛び降りで即死するには何階以上に登ればいいんだろう・・・? 俺の頭が死に逃げ始めたとき、美咲の声が引き留めた。 「死にたく、ない。アンタに死んでほしくない。アタシも、まだ生きていたい」 絶望の中で美咲が呟く「生きたい」。その言葉が、どうしようもなく胸を揺らす。思わず、歯を食いしばった。視界が滲んでくる。死のうかと言ったときには出なかった《涙》が今更に込み上げる。 俺だって生きたい。まだプロポーズすら・・・できていないのだ。生きたいと言い、強く俺にしがみ付く美咲の肩に顔を埋めた。涙が零れていくが